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ソナチネ(1993年 日本)
監督:北野武
2000年3月3日(私の映画史 #2/100)

 彼は「確信犯」である



 どうも私は映画の表題など単なる「記号」程度にしか考えていないところがあって、表題と作品の意味内容を連関させて何らか思いを至らせることも殆どありません。それは映画以外の、小説や楽曲の表題の場合でも同様、また、自身が構築したテクストの類でもやはり表題など軽視、このテクストにも一応は表題がついていますが、あくまでも一通り書き上げてから適当につけているに過ぎず、例えば、壇一雄がそうであったように、表題が決まらなければ一向にペンが進まないというものでは決してありません。
 そんな具合ですから、この作品の『ソナチネ』という表題にしても余り深く考えたことはなくて、何らか思うところがあったとすれば、それは私個人の「過去」に関するどうでも良い事ぐらいのものでした。実は、音楽関係の大学へ進学することを真剣に考えていた時期があって、受験の必須であるピアノを高校生になってから習い始めたのですが、しかし、結局は諦めて一般の大学へ、今にして思えば、それが転落の始まりだったのかも知れません。それはともかくとして、ヒトが10年でやるところを3年でやらねばならないという即席ピアノ教習、2年間で自身がどの程度まで進んだのかは、残念ながらもはや思い出せないのですが、楽典や声楽も併せて教えてくれていたピアノ講師が繰り返し口にしていたのは「何とか『ソナチネ』までは」ということ、それがまた私の強迫観念ともなっていたことは言うまでもありません。北野監督も確かピアノを習っていて、その講師だった女性との関係を巡って有名な事件なども起こしているのですが、この作品の表題もやはり彼のピアノ体験からの連想に違いありません。

 肝心の表題と作品の関係なのですが、既述の通り、私は表題など重要視しないタチですから、その単純な連関に気が付いたのは、これを書き始める段になって漸く、丁度書こうと思っていたことが、実はそのママ表題になっていたという、妙なところで感心させられることにもなりました。私が書こうと思っていたのは、「動→静→動」あるいは「緊張→弛緩→緊張」という実に大掴みなこの作品全体の構成について、それが「ソナチネ」の一般的な楽章構成に容易に置き換え得るのは、決して偶然などではないのでしょう。北野監督がどの程度作品の表題を重要視している監督なのかは分からないのですが、監督のインタービュー記事など読む限りに於いては、撮影の途中で脚本や物語の展開をコロコロと変更し(当初東京で死ぬはずだった大杉漣が急遽沖縄ロケに同行することになり、「なかなか死なせてもらえなかった」というのは有名な話)、まるで行き当りばったりで撮影しているかのような印象も受けるのですが、しかし、少なくとも、実に大胆なこの作品全体の構成に関しては、当初から監督の念頭にあり、確信的にそれを実践したことは、それ自体が表題となっていることにも裏付けられていると言えます。私自身、監督が本当に「確信犯」であったのかどうか、実は多少心許ないところもあったのですが、思いがけず「裏付け」を得ることができて(単に私の怠惰が因に過ぎないのですが)、何よりも安心しているのです。

 一般に面白い(退屈しない)とされる「物語」は、所謂「起承転結」の大きな流れの中で緊張と弛緩を細かく連続させていくもの、多分、生理学的な裏付けもあるはずです。私がこの作品の構成に拘るのは、それを「確信的」に裏切ろうとしている些か特異な作品であると思う故、当然ながら「だからつまらない」というヒトもいることでしょう。尤も、こういう構成自体は決して珍しいものでもなくて、「断片」としては実に在り来たりなもの、分かり易い例で言えば、クライマック(決闘の場面とか)の直前には、大抵、一時的な弛緩(恋人との別れを惜しむラブシーンとか)が用意されるもので、その「弛緩」が効果としてクライマックスをより盛り上げることは、誰しもが知っていることに違いありません。この作品を「大胆」だと思うのは、その「断片」を掴み取って一本の作品にしてしまった故、それが決して「稚拙さ」の結果によるものではなく、監督が「確信犯」であるのは既述の通りです。それを単に「奇を衒っている」と解するか、あるいは「物語性の否定」と解するかは、ヒトそれぞれなのでしょうが、何よりも重要なのは、既に何度も繰り返しているように、監督が「確信犯」であったということ、この作品を「退屈」と断じるヒトにせよ、それだけは「事実」として理解しておくべきでしょう。

 意外と好きなヒトが多いのが「紙相撲→相撲」の場面、私もやはりそうで、「弛緩」の部分では一番好きな場面です。尤も、ヨーロッパでこの場面が評価されているのは、いまだにあるらしい奇妙な東洋趣味のせいもあるようで、そこに「土俗」あるいは「祭事」の臭いを嗅ぎ付けているフシも見受けられるのですが、監督はおそらくそんなことまでは考えていなかったはず、むしろ子供っぽい「遊び」の一つとして用意されたものだと思います。何よりもそれを愉しそうに眺めている主人公の視線が印象的、ハワード・ホークス監督の『リオ・ブラボー』の中に、決戦を控えた前夜、皆で愉しく合唱するという有名な場面(物語的な意味での短い「弛緩」に相当する部分)があるのですが、やはり自身は参加せず、それをただ優しく見つているジョン・ウエインと同様のものをそこに発見します。母性をすら感じさせるそのジョン・ウエインの視線があるからこそ、その場面が美しいのである、と評したのは彼の蓮實重彦、『ソナチネ』の「相撲」の場面にも同じことが言えるのではないでしょうか。単に「断片」を大掴みしただけではなく、大掴みされた中に、映画として在るべきものがキチンと在る、だからこそこの作品は素晴らしいのです。
 尚、特に理由はないのですが、「紙相撲」から「相撲」への移行に際して、単に映像をオーバーラップさせるのではなく、海草で土俵を作るカットをわざわざ間に挟み込んでいるところが、個人的には非常に好きです。また、この場面をを含めて沖縄の場面の殆どに映っているとさえ思われる海、水平線がスクリーン上、必ずと言って良いくらい3:7の位置にある「愛嬌」もまた好きです。

 北野監督が映画制作の一連の作業に於いて何よりも好きなのが「編集」であるのは、彼自身の発言からも分かることです。ヴェンダース監督などとは違い「フラッシュバック」を多用する傾向にあるのも、頷けるところです。この作品に於いて「編集」の妙が特に発揮されているのが後半部分、決して「過剰」ではないギリギリのところで、見事にイメイジが調和していると思います。その意味で、同監督の近作『HANA−BI』は少しやり過ぎの感も、あくまでも個人的な趣味の話になりますが、『ソナチネ』を越える作品が同監督によっていまだ生み出されていない理由も、そのヘンのところにあるような気がしています。まあ、何れ、また我々を驚かせてくれることでしょう。

 この作品を観たのはロードショー公開当時、北野監督の作品を劇場で観たのはこれが最初でした。この作品が私の中で特に印象が深いのはそのせいもあるのかも知れません。ビデオでしか観ていないそれ以前の作品を劇場で観る機会にはいまだ恵まれていないのですが、「次の機会には何とか」と常々思っています。それが、偶々巡り合わせたフランスの片田舎での特集上映か何かだったら、これほどの幸福はないと思っているのですが、余程の間違いでもなければ、そもそもフランスに行くことなど死ぬまでなさそうです。

 公開の当時、それに先駆けて行われた試写会の場面をワイドショーか何かでチラと眺めたのですが、そこにその一年後くらいに夭逝した逸見政孝氏の姿があったことをいまだによく憶えています。まだ「ガン告白」をする前、確か「潰瘍」か何かで入院していたことになっていたはずです。時期的に考えても、彼自身は真の病名を既に知っていたに違いありません。彼はインタビューに答えて、確かこういうふうに評していました。「病み上がりの身にはキツイ映画だった」と。


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