Index

 
アメリカの夜(1973年 仏/伊)
監督:フランソワ・トリュフォー
2000年3月18日(私の映画史 #3/100)

 映画を芸術に高める叡智



 中学生になって英語を習い始めた当初、英和辞書で新しい単語を調べる度に蛍光ペンでシルシを、殆どすべての単語にシルシのある、そう遠くない未来を秘かに夢想して、独り悦に入っていた記憶があります。そんな経験のあるヒトも少なくないはず、そして、私が僅か1カ月の後に経験したのと同様の「挫折」をもまた、その殆どのヒトが経験しているに違いありません。
 先日、書架の上に長らく平積みにされてホコリのかぶっていた『映画術』という、アルフレッド・ヒチコック監督の作品を詳細に分析した、映画ファンの間では有名にして高価な書物を何となく引っ張り出してチラと眺めてみたところ、その目次、作品名が列記されている部分に、件の英和辞書のようなシルシが、つまり「既に観た作品」にはそれと分かるよう蛍光ペンで線が引かれているということに気が付きました。「気が付きました」などと惚けていますが、そのシルシをつけたのは勿論私自身、しかし、もう10年近くも前の動作ですから、そんなことなどすっかり忘れていたというのが正直なところ、遠い日の「情熱」との邂逅は私を赤面させるのに十分なものでした。記憶の不確かさということで言えば、その「シルシ」に間違いがなければ、イギリス時代の数本を除いた殆どすべての作品を観たことになっているのですが、中には物語すら思い出せないものが、私がヒトに誇れるのは、どうやら「アリバイ」だけのようです。何れにせよ、当時はビデオやテレビで作品を観た後に、その書物を開いて「ナルホド」と感心していたような、「『サイコ』の××のシーンが俯瞰ショットで撮られているのは云々」とか、タチの悪いことに、アルコールを流し込んではそんなことを誰彼構わずにイチイチ「解説」していたような記憶もあります。

 映画そのものを題材とした映画、所謂「メタ映画」というのは数多いのですが、この作品ほど映画制作のネガティブな部分を並べたものもないのかも知れません。素人目にみて映画制作の場面で起こり得るトラブルの殆どすべてがそこにあるようにも思われます。そして、そこには映画の「虚構性」もまた、表題ともなっている「光学処理」を含めた技術的なトリックやその他諸々の「舞台裏」を余すことなく見せており、ある意味では「映画の教科書」のようなものとも言えるのかも知れませんが、しかし、これほど映画に対するある種の「期待」を裏切るものもないように思われます。その徹底した自虐ぶりはゴダールやフェリーニのそれですら随分と寛容なものに思われてしまうほどです。それでもしかし、「映画に愛をこめて」というこの作品の(邦題の)サブタイトルが実に相応しくも感じられるのは、トリュフォーという監督が映画の「虚構性」をこそ何よりも重要視し、また愛していたからに他なりません。
 映画というのは所詮は「嘘」に過ぎません。如何にリアリスムを標榜したところで、空間はスクリーンの枠を越えることはできませんし、時間もまた「断片」以上にはその存在を認められてはいません。最近の作品で言えば『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』などが「リアリスムが云々」と話題になっているようですが、それが最悪の「虚構性」を露呈しているだけの、極めて空疎な作品であることは以前にも記した通りです。勿論、リアリスムの追求が悪いという話ではありません。しかし、それは「シネマ・ヴァリテ」に代表されるような手法によって実現されるのでは決してなく、むしろ「如何に上手く嘘をつくか」にあると言えます。如何なる手法であれ、そこに実現されるのはあくまでも「現実らしい」と思い込ませる「錯覚」に過ぎませんし、もし仮に、そこに紛れもない「現実」を呈示し得たとして、しかしそれが「映画」に何の意味をもたらすというのでしょう。
 そもそも「映画」が芸術性を獲得するに至ったのは、その「虚構性」の故であると言えます。「動く写真」が発明された当初、それが旧来のどの媒体よりも「現実」をそこに再現し得るものと認められてはしても、しかし、それ故にむしろ芸術性からは程遠いものと認識されていたという事実があります。それは至極当たり前な話、「現実」を忠実に模写するだけのものが芸術であるはずもなく、例えば絵画のように、そこに作者の「意志」が介在して初めて芸術としての可能性を有するに至るのなど言うまでもありません。映像媒体の有する「特権」がむしろ足枷に、「映画史」とは即ちその「足枷」との闘争の歴史であったとも言えるわけです。また、観客が「現実」に対して示す関心にしても、そこに必ずしも芸術性を発見し得るとは限りません。それは比較的「現実」的であろうとの了解のもと眺めているニュース、あるいはワイドショーの映像に対する我々の態度を省みれば容易に理解が及ぶのではないでしょうか。
 時にはクレーンを輪転させたりもして「これが映画か?」と常に疑問符を投げ掛けていた(いる)のがゴダールなら、この作品によって「これが映画だ!」と堂々宣言したのがトリュフォー、そう、そこに「映画」のすべてがあります。

 この作品の中に、いつも撮影現場に押し掛けてきてそこで働く亭主の「監視」をしている中年女性が「映画って一体何なの!」とカメラに詰め寄ってくる印象的な場面があるのですが、これはヒチコック監督の『鳥』の中の、やはり中年女性が「あなた魔性じゃないの!」と詰め寄るカットの引用ではないかと思われます。ヒチコックのそれが「通路」であったのに対して、トリュフォーのそれは「階段」、別に対した違いもないのですが、トリュフォーと言えば、何となく「階段好き」のイメイジがありますから、そのヘンのところも何か関係があるような気がします。それはともかくとして、「サスペンスもの」でもない作品に於いてまでヒチコックを引用していることからも分かるように、トリュフォー監督は彼を右に置いています。私を思い掛けず赤面させるに至った『映画術』の著者もこのトリュフォー監督です。著者というより、単なる「一シネフィル」に逆戻りしたトリュフォーが「××の○○はどうやって撮ったのか?」とかヒチコック監督を散々質問責めにしたインタビューを活字化したというのが正確なところ、勿論、ここでの主役はヒチコックなのですが、トリュフォーのおよそ偏執的な「情熱」を抜きにしては決して語れない書物、彼がそこで引き出しているのもやはり映画の「虚構性」、映画を芸術にまで高めた叡智に他なりません。

 この作品を最初に観たのは確かビデオだったと思います。あるいはテレビの深夜映画だったのかも知れませんが、何れにせよ、何度も観ていることは間違いありません。私が6年目の時の大学祭で、何処かの映画サークルが企画したこの作品のフィルム上映会があって、その時がやはり一番印象に残っています。慣れない学生が映写機を回しているものですから、途中で一度か二度、フィルムが途切れてしまったりもしていました。もはや大学祭などとは無縁の存在であった「6年生」の私が、あの煩わしい人ゴミを掻き分けてその上映会にわざわざ駆け付けたのは、この作品を「フィルムで観る」という目的も当然あったのですが、その上映会の後に梅本洋一の講演会が予定されていた故、当時(あるいは今でも?)「早稲田文学」という雑誌で連載していた彼の「映画=日誌」を私は愛読していたのです。しかし、肝心の講演会は全くの期待外れ、直前まで上映されていた作品やトリュフォーについて何らか語るどころか、「映画」について語ったのもホンの僅かで、専ら自身の「青春時代」についてアレコレと、確か「バイクに乗って青山通りを云々」とか言っていたのを憶えています。目の前にいるのは風采の上がらぬ禿オヤジ、活字媒体に於いてもまた愛すべきはその「虚構性」なのかも知れません。


Index