Index

 
スティル・クレイジー
監督:ブライアン・ギブソン
2000年5月5日(シャンテ・シネ1)

 ロック的文脈に於けるメルヘン



 ディープ・パープルが何度目かの来日公演を果たしたのはつい先日のことでした。しかし、70年代を代表するハードロック・バンドとしてその再結成が騒がれたのは既に10年以上も前のこと、再結成したバンドが、結成した当初より余程長い期間活動をし、もはや「冗談」としか思えないのが現在、何を隠そう今は00年代、70年代など遠い昔のことなのです。それにしてもそのディープ・パープル、「70年代」自体があくまでも追体験でしかなかった私のような人間にしてみれば、その再結成は実に悦ばしい出来事だったのですが、しかし、それから10年以上、メンバーの一部が還暦を過ぎているにも関わらず懲りずに活動を続けるなど想像だにしなかったこと、もはや単なる「リバイバル」の域を超えています。
 そもそも、再結成をした理由の一つが一部メンバーの経済的事情とも言われており、それは何もディープ・パープルに限ったことではなく、大抵の「再結成」の理由は意外とそんなところにあったりもするわけで、つまり、メンバーの経済状態がある程度改善されない限りは「再解散」もママならないというカラクリ、「キーポン・ロッキン!」とは言い条、その実が「キーポン・シャッキン!」なわけですから、余りユメのある話とも言えません。しかし、それでもディープ・パープルなどは、それなりに観客を集めて、取り敢えずは演奏活動を続けられるのですからまだマシな方、その存在が誰の記憶にもなく、「再結成」という概念自体が成立し得ないバンドもまた多いはず、そういうヒト達はさて、何処ゾで往き倒れているのか、あるいは「路傍の石」として第二の人生を歩んでいるのか、何れにせよ、ユメのないお話であることに変わりはありません。

 この作品は、そんな現実的な状況に、如何にも物語的なユメを付加したある種のメルヘン、直訳すれば「いまだ気違い」となる如何にもロック的な表題も、その文脈に於いてこそ、「キーポン・ロッキン」もそうですが、ロックの世界に於いては「変わらない」ことが一つの美徳とされているフシがあって、それがメルヘンであり得るのは、彼らが「いまだ気違い」であるからという、ロック的な文脈に於けるユメを体現している故、よくよく考えてみると阿房らしい話のような気もしてきます。
 何れにせよ、この物語に於いては、そのテのロック的な記号が其処彼処に並べられており、私のような人間にはそれだけで十分に愉しめる類の作品でした。ライブの場面もまあそれなりに、マーチン・スコセッシ監督の『ラスト・ワルツ』を想起したと言っては褒め過ぎになってしまうのかも知れませんが、そのヘンを十分に意識したカメラワークだったように思われました。しかし、それだけと言えば、それだけの映画、ロック的な文脈や引用を十分に了解できないヒトがどの程度愉しめる作品なのかはよく分かりません。

 ツアーバスの車中をハンディ・カムで捉えた場面は魅力的でした。バンド名で所謂「山手線ゲーム」に興じるという何でもない状況に過ぎないのですが、それが如何にも愉しそう、そういったところが「ロック・バンド」という些か浮世離れした「職業」の魅力というか、私のような素人が何らか憧れを持つとすればそういう場面であるということを、十分に理解しているということなのでしょう。

 しかし、もはや00年代の現在に於いても、いまだ「ノスタルジー」の対象となり得る70年代とはさて、80年代に活躍したバンドがどれほど再結成されたのかなどよく知らないのですが、あるいは「再結成」というイベント自体が、70年代に活躍したバンドにのみ与えられた「特権」であるというか、ある種の文化に於いては、それくらい特異な時代だったということなのでしょうか。音楽に関して言えば、いまだノスタルジーの対象とはなり得ていない80年代に、およそ60〜70年代をひたすらに追体験してきた私などには知る由もないことなのかも知れません。
 尚、映画に関して言えば、やはり「追体験」であるものの方が圧倒的に多いにも関わらず、しかし、音楽の場合とは違って、余りそのような意識に至ることもなく、それを以て自らを卑下したりすることもないのは、映画作品には「同時代性」の価値がポピュラー音楽のそれに比べて、少ないということなのかも知れません。勿論、「普遍性」があるという意味ではありません。

 予め時間を調べるでもなく劇場に足を運んだものですから、到着した時には既に館内が暗くなって予告編が始まっていました。尤も、座席はガラガラ、暗闇の中でも簡単に良い席を確保することができました。面白かったのは、エンドロールが流れ出しても誰一人として席を立たなかったこと、と、思っていたらエンドロールの最後で、大した意味があるわけでもないのですが、二言ほど台詞が紛れ込んでくるというカラクリ、それを知っていたということなのでしょうか?


Index