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レッド プラネット
監督:アントニー・ホフマン
2001年1月28日(シネマミラノ)

 ボーマン船長の憂鬱



 映画に於いては「出会い」というものが極めて重要な物語的契機である場合が多く、単純な話、見知らぬ男女が偶然出逢えば其処に「恋愛映画」が生まれて、災害や事故に遭遇すれば「ディザスター映画」に、バケモノに出会せば…、という具合です。しかし、場合によっては、その「出会い」を一切否定しなくてはならない、何らかの「出会い」が生じてしまうとその本質が覆ってしまうような映画もあって、ある程度の「科学考証」に堪え得る現実主義的な「宇宙もの」がそれです。何故なら、21世紀現在の科学が裏付けるのは「宇宙には何も存在しない」という「現実」に他ならず、従って「何か」に出会ってしまうと、途端にお話が「現実離れ」してしまうからです。時として「宇宙もの」が形而上を彷徨つてしまうのも、外的な何らかとの遭遇に対して禁欲的である反動として、その思考を内的に深化させるため、大抵の場合、其処で遭遇するのが科学とはもう一つ別の、やはり世間的に大いに認められている「現実」だったりもして、日本人の私としては、大いに気後れしてしまうわけです。それはともかくとして、外的な「出会い」を禁欲的に回避しつつも、それなりの「物語」を成立させるにはどうするか、「内的深化」を果たす典型とも言えるキューブリックの名作が教えるのは、実は「自給自足」の物語なのです。

 アイニクと「科学」に疎い私としては、この『レッド・プラネット』という映画がどの程度「科学考証」に堪え得るのかなど実のところよく分からないのですが、しかし、後述する「ある一点」を除いては、其処に見事な「自給自足」が成立していることをして、この映画を「現実主義的」と見做すことはできます。人間に反旗を翻すロボットなどその典型なのですが、悲劇はあくまでも「内紛」によって、あるいは「太陽フレア」や「酸素の不在」という、科学的に既に裏付けられている「現実」が彼らを苦しめているに過ぎません。また、彼らを救うものにしても、それは、あくまでもそれ以前に地球から送り込まれていたものであり、其処で新たに「発見」された「何か」などでは決してありません。そもそも、この任務自体が火星での(人類による)「自給自足」を実現するための、予め其処に送り込まれていたものを「確認」する作業に過ぎなかったのです。斯くして、何一つの「出会い」をも体験することなく、悲劇と幸運の物語は此処に自足されるのです。

 さて、既述の通り、此処には例外的に一つの「出会い」が存在します。しかし、よくよく考えてみると、その「出会い」は、此処に展開した悲劇と幸運の物語にはどれほども関係がなくて、実は、それがなくても、十分にこの物語は成立したに違いありません。その捏造された「出会い」は、当然ながら科学と現実主義を裏切り、禁欲主義的だったはずのこの映画を単なる「夢物語」に落としてしまいます。此処で考えるべきは、すべてが「科学」が裏付ける範囲内に収まり、また、人類が火星に於いて完全なる「自給自足」を実現してしまうと、其処に重要な何かが欠落してしまうということです。そう、それは取りも直さず「創造主」の存在、あるいは、火星に於いては人類こそがその「創造主」の地位を獲得してしまうことにもなるのです。勿論、私はその話には何の異論もなくて、むしろ一口乗りたいくらいなのですが、しかし、そんなことを簡単に許したりしないのが世間というもの、それは何の必然性もなく此処に現れたテレンス・スタンプの存在に既に予感されています。つまり、此処に於ける「出会い」が捏造する「非現実」は、火星の石コロの裏にイチイチその名前を刻んでいるかも知れない「創造主」にその存在の余地を残すための配慮であり、また、「科学万能」というもう一つ別の「信仰」を大いに嘲嗤う恰好の装置でもあるのです。その不可思議な生物は一体何処から現れたのか? マサに「神のみぞ知る」でしょう。何れにせよ、此処に於いては、キューブリックのそれがそうであったような「内的深化」がもたらす「重さ」を回避しつつ、悲劇と幸運の物語とはどれほども関係のない外的「出会い」を捏造することによって、ホンの少しだけ「形而上」の浮上してみせたのです。其処に科学を裏切る「何か」を発見するのが、「ボーマン船長」たるものの宿命、憂鬱な日々は終わりません。

 公開から既に何週か経っている日曜日の最終上映回、ガラガラかと思ったら案外客入りがよくて、全体の7割くらいは埋まっていました。何故か白人男性が多数、別に集団というわけでもなく、一人だったり、あるいは日本人の女性を連れていたりと、それぞれバラバラに10人くらいいました。
 この監督はテレビCM出身、此処のところのハリウッドの新人監督と言えばテレビCMかMTV出身者が圧倒的に多いような気もするのですが、今どきのハリウッドが認知する「才能」の正体が何となく知れようというものです。凋落は加速の一途でしょうか。


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