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ハード・デイズ・ナイト
監督:リチャード・レスター
2001年3月31日(新宿ピカデリー1)

 物語を日常化する人種



 今でも続いているのかどうかは知らないのですが、「ビートルズシネクラブ」という団体が主催する「ビートルズ復活祭」という、年に一度全国行脚で催されるビートルズ映画の上映会があって、私も中学生の頃から毎年のように通っていました。私が中学生の頃と言えば、家庭用のビデオデッキが漸く普及し始めた頃で、レンタルビデオ屋などまだ存在しておらず、そもそも映像ソフト自体が世の中に殆ど流通していないという状況、近所の電気屋が自分で録画したテレビ映画を有料で貸し出すという「内職」が罷り通っていたりもしました。そのような頃の話ですから、ビートルズ映画どころか、映像としてのビートルズを目撃すること自体が非常に貴重な体験、否、そもそも「ビートルズ復活祭」などという全国行脚の催しが成立し得たのは、そのような時代背景があってこそのもの、その意味に於いては、ビデオやDVDのソフトが十分に流通してい現在、既にこの催しが存在しなくなっていても何の不思議もありません。ちなみに、その「ビートルズ復活祭」では映画の上映だけではなく、ビートルズに関する様々な物販の販売が行われており、何よりも貴重だったのは、ビートルズの海賊盤の音源をコピーしたカセットテープの販売、「ビートルズ研究資料」などと謳われてはいたものの、しかし、今にして思えばこれは立派な犯罪行為、そもそもの音源自体が違法だからと言って、それを無断コピー、販売して良い法はありません。

 当時12歳の私が学校をサボタージュしてキセル乗車の電車にビクビクと揺られながら掛け付けたのがこの『ハード・デイズ・ナイト』という映画、私が初めて観たビートルズ映画でもありました。今回の上映は丁度二十年ぶりの再会、とは言え、その二十年の間に体験された映像環境の驚くべき変化は、例えば、映像の断片を執拗に反復させることを以て時間の隙間を少しずつ埋めてもしまい、その時間に見合うだけの「懐かしさ」が其処に体験されることはありませんでした。それにしても、このリバイバル上映がいつ決まったのかは知りませんが、昨年発売されたベストアルバム(否、決して「ベスト」アルバムなどではないと「ビートルマニア」らしく反論しておきましょう)の世界的な大ヒットが少なからず影響しているような気もするわけで、二日間限定とは言え、新宿地区に於いては「新宿ピカデリー1」という1500人も入る大劇場で公開されたのなど、その大ヒットが(配給会社に)何かを期待させてしまった結果に違いありません。しかし、残念ながらその「期待」は大いなる見込み違いだったようで、1500人の劇場に集まったのは僅かに50人、映画産業が斜陽であるとは言え、そんな光景に出会すことなど今後も先ずないでしょう。音楽に興味のない人にとっては単に「40年近くも前の黒白映画」であるに過ぎないことに加えて、既にビデオやDVDが一般に発売、レンタルされている作品、今どき劇場での「復活」を有り難がる人など、「私とそれ以外の49人」が精々なのです。

 さて、今回のリバイバル上映に合わせて作成されたパンフレットなど眺めるとよく分かるのですが、多くの著名人がこの映画に対する文章を寄稿しているにも関わらず、しかしそれらはすべて音楽関係者、つまり、誰一人としてこの映画を「映画」として論じてはいないのです。勿論、この映画はビートルズの「音楽」を無視しては何一つ語れない映画であることに間違いはないのですが、監督はこの映画の公開の翌年、『ナック』でカンヌ映画祭作品賞を受賞したリチャード・レスターですし、実際、「映画」として論じられるに十分な作品です。否、差し当たっては遠い記憶に耽っているに過ぎない私がそうすると宣言しているわけでは決してありません。

 この映画が些か不可解なのは、これが「ビートルズがビートルズを演じる」という面倒が試された歴とした「物語」であるということです。ビートルズの日常を描いた映画なのですが、しかし、決して疑似ドキュメンタリーの類ではなく、あくまでも物語映画(脚本はアカデミー賞にノミネートされています)、興味深いのは、何故単なる「ドキュメンタリー映画」にしなかったのかということです。其処にビートルズの日常が「演じられている」のは、それこそがファンの期待に応えるものだからに相違なく、しかし、ならば単なるドキュメンタリー映画で十分なはず、ハードスケジュールの合間を縫ってわざわざ自身の個性を的確に捉えた台詞を暗記するなど、考えてみれば阿房な話で、ハードスケジュールの彼らをカメラが黙って追い掛けてさえいれば、それなりの映画が出来ていたに違いありません。此処に於けるビートルズはハードスケジュールに追われているのではなく、あくまでも「ハードスケジュール」という「物語」に押されて、「テレビショーの成功」という物語的結論に向かって如何にも物語的な動作を展開しているに過ぎません。

 エットーレ・スコラの映画ではフェリーニがフェリーニ自身を演じていますし、最近でもジョン・マルコヴィッチが彼自身を演じるという映画があったように、本人が本人を演じることなど然して珍しくもないのですが、しかし、それは明らかに虚構である物語との関係に於いて「異化」が期待されるからであり、この場合のような、物語自体が現実を模倣する中に於いて当事者がやはり当事者であるなど、少なくとも演劇的な意味などは何処にも見当たらない、つまり、無意味なのです。それは、より「物語色」が濃くなる彼らの次作やアニメ作品である『イエロー・サブマリン』に於いても実は同様で、常にビートルズを演じる彼らは、しかし、如何なる虚構にすら「異化」されることなく、むしろ、物語を「日常化」してしまうのです。そういう特異な人種を何と呼ぶか、それは勿論「アイドル」です。

 物語の日常化が深化するに従って「虚像」が増幅されるのは道理、アイドルのアイドルたる所以です。此処に於いて、リチャード・レスターはビートルズに彼らの日常に似た物語を与えることによって「日常化された日常の物語」という実に巧妙な「虚像」を構築することに成功しています。彼ら自身が監督した『マジカル・ミステリー・ツアー』が酷評されたのは、其処に於いては「物語の日常化」に見事に失敗し、彼らがその支離滅裂な物語に無残にも「異化」されてしまっていた故、良い悪いは別にして、ビートルズがそんな状態を示すなど(その当時に於いては)誰からも期待されていなかったのです。また、アイドルにとって重要なのは、あくまでも「日常化された物語」であり、決して「日常の露出」ではないということ、アイドルであることに疲れた彼らが、その活動の最後に『レット・イット・ビー』というドキュメンタリー映画を残したのも、言うなれば「必然」なのです。何れにせよ、此処に於いてリチャード・レスターは完璧な「アイドル映画」を撮ったということ、彼らに「物語」を提供することによって、1964年当時のビートルズとそのファンに対して果たすべきを全うしたのです。

 この映画の公開当時の邦題である『ビートルズがやってくる、ヤァ!ヤァ!ヤァ!』を命名したのが彼の水野晴郎であるというのは有名な話、この「ヤァ!」というのは今でいう「イェー!」のことで、それが3度反復されているのは「シー・ラブズ・ユー」の歌詞からの引用である故、当時の日本人にはそれが「ヤァ!」に表記されるような感じに聞こえたということなのでしょうね。


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