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LIES / 嘘
監督: チャン・ソヌ
2001年5月4日(イメージフォーラム2)

 映画的で不純な



 「芸術かポルノか?」など、そんな阿房らしい二者択一もないと思うのですが、そういうときは「芸術的なポルノ」とでも答えておくのが妥当、『プライベート・ライアン』をして「反戦的な好戦映画」と評するよりは余程マシです。

 全体のおよそ八割が性描写に費やされるこの映画に於いては、性描写が取り分け重要視されているというよりは、それ以外の部分が確信犯的に排除され、結果として映画全体に占める性描写の割合が増したとでも考えるのが妥当のようです。それはこの映画が「ポルノ」と評されてしまう所以でもあるのですが、先ず以て此処に見当たらないのは「物語らしい物語」、男がいて女がいて、ひたすらに「愛」の行為に耽る、それだけの映画と言えば、それだけの映画です。尤も、此処に見当たらないとするのはあくまでも「物語らしい物語」であり、男と女がひたすらに性行為に耽るというそれだけでも立派な「物語」ですし、それが映像の連鎖として「説明」されている以上、これが「映画」であることを疑うなど勿論できません。あるいは「物語らしい物語」の不在が「芸術か?」という問いを裏付けているとも、「物語らしい物語」がもたらすのは他でもない娯楽性、娯楽性の不在が即ち「芸術」であるなどとは言わないにしても、結果としてある種の「通俗さ」を免れ得るのは事実、その「通俗ではない何か」の正体が二者択一の疑問符を以て取り沙汰されているわけです。ちなみに、ひらすらに描写される性行為それ自体がある種の「娯楽」としてのみ機能すれば、それは紛れもなく「ポルノ」です。

 恋愛に関する映画が「物語らしい物語」によって漸く成立するものだとすると、その不在が試されるこの映画に於いては「恋愛」もまた不在、もしくは、一般に「恋愛」に付随するとされる「物語性」が否定されている、つまり、「恋愛」とは性行為それ自体に他ならないと主張されていることになります。この二つの解釈が即ち「芸術かポルノか?」という二者択一を生むわけで、前者ならば「ポルノ」、後者ならば「芸術」と、そんなに難しい話でもありません。尤も、これを後者として理解するにしても、その主張を受け容れるか否かによって今度はその「倫理」が問われることになり、それを真向から否定する人にとって、この映画はやはり「ポルノ」に堕することになります。

 ただ、此処に提起されている「何か」に当然伴っているはずの実質に話が及ぶと、しかし、随分と雲行きが怪しくなってしまうのもまた事実、「差し当たっては既存の倫理を裏返してみよう」と、所詮はその程度の「意志」の結果に過ぎないようにも思われてしまいます。何故なら、此処に於ける「物語性」の不在は、「恋愛」がそうなのではなく、「映画」がそうであるに過ぎない故、この男女の恋愛に「物語らしい物語」が存在しないのではなく、単に映画的に省略されているだけ、つまり、不在は「捏造」されているに過ぎないのです。例えば、逢瀬といえば飯かセックスというこの男女も、離れて過ごしている時間は案外多くて、しかし、その時間をカメラが捉えることはない、徹底して省略されている故に其処に残るのが飯かセックスになってしまうだけの話で、その離れて過ごしている時間に悶々と相手のことを想っているという事実は逢瀬に際しての台詞に説明されてもいる、つまり、此処に在るのは然して珍しくもない「恋愛」のそれに過ぎず、その在り来たりな「恋愛」の物語から、直接的な性の交わりとその執拗な描写を切り取って繋ぎ合わせたのがこの映画であると、実はそれだけのことなのです。唯一「性行為」のみが純粋無垢な「恋愛」の表現であり得ると、此処に於いては、おそらくそんな主張が試みられてもいるのでしょうが、それが如何にも映画的で不純な動作によって為されていることが、その主張から実質を奪い、この映画の「嘘」を教えるのです。

 ヌーベルバーグのような手持ちカメラにヌーベルバーグのようなナレーション、映画の前半ではデジタルビデオ撮影による「メイキング」が頻繁にカットバックされ、これがあくまでも「虚構=嘘」に過ぎないと執拗に宣言されます。例えば『フォレスト・ガンプ』のような、とても健全とは言い難いハリウッド映画ばかり観ている人達ならともかく、このような「手法」にはさすがに食傷気味、観客を異化するとは言っても、この映画を劇場で観るような人種というのは、それこそ「芸術かポルノか?」といった類の予め与えられている「情報」の確認作業が専らのはずですから、そのような手法に拠らずとも既にして異化されていると考えるべき、「映画=虚構」の宣言など、今さら煩わしく感じるだけです。

 公開から数日経った祝日の午後、小さな映画館は八割方埋まっていました。客層は若い女性が圧倒的、尤も、この類の映画では然して珍しいことではありません。以前、別の映画館での話ですが、『愛のコリーダ』の上映に際しては「女性専用シート」なるものが臨時に設置されてもいたのですが、この映画館ではそのような無粋なものが設置されたりはしていませんでした。尤も、私の右隣に座っていた一人で来たと思しき女性は随分と居心地悪そうにしていましたが。冗談は顔だけに、と。


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