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ビートニク
監督: チャック・ワークマン
2001年5月5日(シネ・アミューズ)

 バンガロー・ビルの物語



 ゴダールのリバイバル上映に十代後半から二十代前半の若者が大挙して押し掛けるという場面に出会しても然して感動するでもなく、むしろ莫迦げたことのようにも感じてしまうのですが、所謂「ビート」を扱ったこのドキュメンタリー映画に同様の現象が起きていることには意外な驚きと感動を覚えます。

 このドキュメンタリー映画は実に親切で、「ビート」をよく知らない人が観ても、その雰囲気くらいは十分に理解できるものになっています。例えば、「ビート」の一部、特にバロウズと交流のあったポール・ボウルズを扱った『ポール・ボウルズの告白』というドキュメンタリー映画など、ボウルズに関する予備知識のない人にはまるで愉しめないものとなっており、かと言って、彼の文学を探る上での資料的価値がどれほどあるとも思えないことから、その存在意義が大いに疑われたのですが、この映画の場合は、差し当たって「ビート」とその文学を、彼らの文学やその影響を知らない現在の若者に伝承するという意志を発見することが、実際、この映画の中にも晩年のギンズバーグが十代の若者達と向き合って「ビート」を語るという何とも微笑ましい場面が引用されてもいます。時間にして90分のこのフィルムの大部分は、正に「ビート」の文体を想起させる目眩くモンタージュによって構成されており、当時のテレビや映画から「カットアップ」されたそれら映像群は、「ビート」が生まれた時代とその後に及ぼした影響を、やはり彼らの文学がそうであったように、(記号としての)言葉の意味を遥かに越えた地点に再構築することに成功しています。そもそも彼らの文学は、言葉がその表層に漂わせている何ものかの遊戯的破壊の試み(ディオニュソス的!)であり、決して在り来たりな「意味」に回収されることのないそれらは「音楽的」あるいは「映画的」とでも表現されるべきもの、その意味に於いて、「ビート」が映像表現と相性が良いのは当然のことで、それは、後世に与えた彼らの影響が文学のみに止まらなかったことにも容易に理解し得ることです。

 尤も、「ビート」が如何に「映画的」であるとは言っても、映画と文学に於ける本来的な、「映像」と「言語」というその媒体の差異がもたらす溝を埋めることなど到底できないわけで、従って、如何にも「ビート的」な手法によって見事にその時代を再構築したこの映画に於いても、彼らの文学それ自体を其処に的確に示すに至りません。彼らに縁がある(らしい)3人の俳優による「朗読」は、正にその「空洞」を埋めるべくの試みなのだと思うのですが、しかし、言葉があくまでも言葉としてスクリーンに現われるそれは、むしろ「ビート的」な雰囲気を遠ざけてしまうという矛盾を、あるいは、彼らの文学それ自体を安易に映像化する(例えば、ポール・シュレイダーの『ミシマ』のように)ことを回避したという意味に於いては、其処に制作者の「誠意」を発見するべきなのかも知れません。

 余談ですが、『ビートニク』というこの映画の邦題は最悪で、ソ連の人工衛星の名前を捩ったそれは確かに一般的な呼称でもあるのですが、この映画の中でもバロウズがそれらしきことを発言しているように、それは「ビート」とそれに熱狂する当時の風俗をむしろ揶揄した表現であり、少なくともその「起源」である彼らに対して用いるべき表現ではありません。彼ら(主にケルアック)が自称したのは、S・フィッツジェラルドらの「ロスト・ジェネレーション」を引用した「ビート・ジェネレーション」というそれ、邦題に用いるべきもそれです。

 さて、「ビート文学」に触れたことのない世代がこの優れたドキュメンタリー映画を契機に、例えばケルアックの『路上』を手にするというのもそんなに悪くない動作だと思うのですが、しかし、この映画の本旨、あるいは「ビート」の現在を思うに、必ずしもそうする必要はなくて、直訳すれば「起源」なり「源流」となるこの映画の原題が示唆してもいるように、これは現在にも間違いなく受け継がれている何かの「起源」を認識するための一つの体験であり、否、此処で知り得るのなど所詮は「情報」や「知識」の類、それを直接には体験することのなかった我々が先ず発見すべきは、「ビート」が形を変えて「現在」を貫く何か、もはや「古典」とさえ呼ばれている『路上』や『ジャンキー』に手を伸ばすまでもなく、「ビート」は其処に在るのです。文学なり映画なりが「時代を越える」とは、つまり、そういうこと、この映画はそれを再認識させてくれます。

 公開から既に何週か経っている祝日のレイトショー、満席に近い盛況ぶりでした。冒頭にも書いたように、渋谷のセンター街をウロウロとしていそうな風体の若者が大半、彼らがどんな理由からこんな(どちらかと言えば地味な)ドキュメンタリー映画になど足を運んだのかはまるで理解が及ばないのですが、「ビートは続いている」という事実を、他でもないこの映画館で目の当たりにした感もありました。否、悪くありません。


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