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アレックス
監督:ギャスパー・ノエ
2003年2月8日(シネマミラノ)

 肉体の愛に出口あり



 さて、事あるごとに「震撼」して映画批評家よりむしろ地質学者の要請が急務ではないかとすら心配される南仏カンヌ方面、このギャスパー・ノエの『アレックス』もやはりそんなカンヌの液状化現象を加速させた一本だったようです。時間を逆行させる映画でありながら、ヒチコックが『ロープ』でそうしたように、其処に「暗闇」を挟むことによってカメラの動作を連続させ、映画全体を「疑似ワンショット」に収めてしまうという発想は確かに革新的、また、時間のみならず、重力にすら抗っていたカメラを静止させることによって其処に実際以上の時間を捏造した「強姦」のシークエンスでは、実際、退席してしまう観客が散見されたように、その凄惨さを際立たせることに成功しています。キューブリックのポスターを舐めるように降りた先には「あり得なかった時間」が展開され、回転するスプリンクラーとやはり回転しながら落下するカメラは福永武彦が『死の島』で試みた「空白の頁」を想起させる白く眩しい閃光の中へ、この映画の終わりの、最後には「時はすべてを崩壊させる」という言語メッセージに至る、そんな謎めいた一連のシークエンスは、此処に時間が逆行された何か重要な「意味」を隠しているかのような印象を与えます。しかし、私はそれを敢えて「虚仮威しに過ぎない」と、此処にも引用されたキューブリックのそれが要請したような時間を巡る哲学的思惟など、此処に於いてはしかし何の意味も為さない、それこそ時間の無駄であると、そう断言さえしてしまいます。此処にあるのはもっとシンプルな、何かを崩壊させてしまうのは決して「時間」などではなく、此処にある通りの、反道徳的、反社会的なそれなのです。

 フランスの歌手であり詩人、映画監督でもあったセルジュ・ゲンズブールの有名な歌の歌詞に「肉体の愛に出口なし」という一節があって、それは男女の恋愛に関わる観念的な意味と、文字通りの、女性生殖器の形状に由来した「出口がない」という状態を指摘したダブルミーニングになっています。肉体の愛には、しかし、もう一つ、「出口がある」ものもあって、それは専ら男性同士の間で試される直腸に繋がる「別の穴」の方を用いたそれ、何とはなれば、直腸を入口としたそれには口腔という歴とした「出口」が存在している故、子宮の壁に突き当たって行き場を失ってしまう女性生殖器のそれとはまるで事情が違っているのです。動物の消化器官というのは入口と出口のある紛れもない一本の管、口腔に始まり直腸に終わる食物消化の過程が正順なら、差し当たり直腸から始まる「出口のある愛」のそれは逆順、この映画に於ける大胆な「時間の逆行」は、つまり、地下道で強姦されたモニカ・ベルッチが実際それを強要された直腸に始まる「出口のある愛」の逆順に倣ったものであり、さらに言えば、彼女の消化器官を逆行する精液の流れなのです。時間を逆順に流れるこの物語が「レクタム=直腸」という名前の店に始まるのは言わずもがな、ヴァンサン・カッセッルの乱れた精神状態を指摘しているようにも見える重力を喪失したあの不安定なフレーム(スクリーン真下に向いたタクシーはまるで地獄に落ちて行くかのよう)は、しかし、動物の「腸」という器官のぐねぐねとした形状を思い出せば容易に理解が及ぶもの、次第に正常さを取り戻していくあの赤みがかったスクリーンの色彩にしても、口から入った色鮮やかな食物が、どのような色彩の変化を経て身体の外に排出されるかということに思いを巡らせれば、やはり容易に理解が及ぶはずです。あるいは、モニカ・ベルッチが強姦された赤い壁の地下道や、彼女らがパーティー会場へ行くのに利用したメトロが紛れもない一本の管を連想させるのも(地下道とメトロをカメラがどのように捉えていたかを想起すればより分かり易いはずです)、決して偶然ではありません。場面と場面を巧妙に繋ぐ「暗闇の回廊」もそう、そして何よりも、この映画全体が「疑似ワンショット」に収まっているというそれが、一本の管、即ち消化器官のあり様に正しく符合しているのです。モニカ・ベルッチが強姦されたあの赤い地下道は差詰め「胃」でしょうか、直腸から逆行してきた「異常」と口腔から落ちてきた「正常」が不幸にも出会してしまう場面、固定カメラが時間を止めた其処でモニカ・ベルッチはゆっくりと消化され、無残な姿で流されて行くのです。

 此処にあるのは、モニカ・ベルッチのあの「あり得ない時間」が予感させる「出口がない」正常にして生産的な愛を「出口がある」故にむしろ異常で非生産的なそれが貫き崩壊させてしまう物語、正常と信じられた社会に属する人間は、この映画によって貫かれ、正しく強姦されるのです。映画の最後に現れるあの白く眩しい閃光、あれは他でもない、モニカ・ベルッチの口から吐き出された精液なのです。

 公開初日の土曜日の午後、客席はほぼ満席だったと思います。本文中にも書きましたが件の長い「強姦」のシークエンスでは退席してしまう人も数名、そのうちの一人が丁度私の横を通ったのでチラと顔を見たところ、普通のサラリーマン風の40歳ぐらいの男性でした。また、若いカップルが案外目立ったのですが、やはり相当に気まずい思いをしたのではないでしょうか。


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