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エロス+虐殺
監督:吉田喜重
2004年9月26日(ポレポレ東中野)

 夢の中へ ー 吉田喜重覚書



 われわれは夢を見るという。こういう表現は正しくないので、われわれは夢のなかでは何も見ていない。見るとは「距離」をおくことだが、距離がないということが「夢の世界」の特徴なのである。しかし、われわれは眼ざめたとたん距離をおいて「夢の世界」を見る、つまり外側からそれを見る。重要なことは、この見るというあり方が生きるというあり方とはまったく異なっているということである。(柄谷行人著『夢の世界ー島尾敏雄と庄野潤三』より)

 上映に先立って行われた簡単な挨拶で、監督の吉田喜重は「これから御覧になる映画は少々長めの夢だと思って下さい」と、そんなふうなことを述べていました。これは他の作品の上映に先立つ挨拶でも同様に述べていたことなのですが、吉田監督はこんな感じのこともまた述べていました。「私はこのような場で何であれ映画について語ることを固く禁じております。あくまでも作品を御覧になった人それぞれがそれぞれの考えを持っていただくことが…」と。先に紹介した発言が『エロス+虐殺』をこれから観ようとする者に示唆した「心構え」のようなものであるのならば、これら二つの発言は明らかに矛盾しているのですが、それでも「夢」という表現を以て一般に「難解」と評されているこの映画に注釈を付けざるを得なかった監督の意思は、上に引用した柄谷行人の「夢」に対する解釈を想起してみれば、何となく分かるような気もします。この映画に正しく対するには其処に「距離」を置いて見てはならない、夢の中を彷徨っているときのように、距離もあらゆる疑念も捨てて、スクリーンに投射された何かをただひたすらに受け入れる、映画を見るのではなく映画を「生きる」のであると。此処で言う「距離」とは、既知の映画体験に基づく解釈や分析のこと、既に見慣れた物語映画との距離を測っていても、何の疑念も抱かず生きていたはずの夢の世界が、覚醒された意識によって想起された途端に不条理なものに堕してしまうのと同様に、ただ「難解」であり続けるばかりなのです。ちなみに、監督の発言を受けて、そんな心積もりでこれを観たこの私も、しかし、やはり何の疑念も抱かずに「夢」を生きるようにはこの映画に対することができなかったと此処に正直に告白しておきましょう。もし夢の世界を生きるようにこの映画を生きていたなら、私は多分こんな文章など書いていなかったはずです。

 今回の吉田喜重監督作品の特集上映で、偶々『エロス+虐殺』の前日に観た作品のうちの何本かが岡田茉莉子主演の「松竹以降、エロス以前」のもので、それらの作品ではとにかく岡田茉莉子の「うなじ」のショットばかりが印象に残ったのですが、やはり彼女が主役を演じるこの映画では、しかし、私の記憶する限り彼女の「うなじ」のショットは一度たりともスクリーンに現われませんでした。和服に日本髪を結った女性の「うなじ」が性的な記号の一つであるのは言うまでもないこと、私が前日に観た吉田喜重の幾つかの作品に於いても例外ではなく、それは正し過ぎるほど機能していました。しかし、他でもない表題に「エロス」の文字があるこの映画にはそのエロス(通俗な意味としての)の記号が何処にも見当たらないのです。否、勿論何もないわけではありません。此処に於いて「エロス」はもっと露骨な表象、即ち伊井利子のあからさまな裸体を借りてスクリーンに立ち現われるのです。此処で話を「夢の世界」と「想起された夢」に戻せば、前者で体験される「うなじ」はあくまでも誰にでもある人体の部位の一つに過ぎなくて、それが何らか性的な意味を持ち得るのは、おそらくはそれが想起された時点に於いて、映画の話ならより分かり易いと思うのですが、女性の「うなじ」を捉えたショットが性表現の一種であると理解し得るのは、同様の体験を映画に於いて既にしているから、つまり、解釈を容易に許し得る「距離」が予め其処にあるからと言えます。しかし、「夢」として体験されるべきこの映画に於いてはその「距離」が否定されてしまうわけですから、エロスはエロスそのものでなくては「エロス」として機能し得ない、故に…、と、勿論、辛うじて陰部を隠しているだけの女性の裸体が「エロスそのもの」でなどないのですが、映像で表現し得るより近い、より直接的な表象がそれであるのは多分間違いのないところでしょう。但し、此処に於ける伊井利子の裸体は「エロスそのもの」として観る者の欲動を刺激するような類では決してなく、やはりあくまでも一個の記号として、精確には「エロス」という言語に(無媒介に)還元されるべく投射された一個の表象に過ぎません(そもそも表題に「エロス」という言葉が含まれている時点でそれはもはや記号でしかあり得ないのです)。従って、この映画が「夢」として体験されるべきは或る段階まで、否、当たり前の話、映画には夢とは違って其処に予め込められた「意味」なり「メッセージ」なりがあるわけですから、ただひたすらに「夢のよう」に体験して映像の印象のみを刻み付けるだけでは(少なくともこの映画に関しては)決して「正しい」とは言えないのです。勿論、だからと言ってこれを「想起された夢」のように観たところで何一つも諒解などできないのは既述の通り、然るべき言語を得る手段として「夢の世界」を生きるように体験されるべきであることには何の間違いもないのです。例えば、此処に於いて原田大二郎や伊井利子は矢鱈と奔り回るのですが、それをして「彼らは何故奔るのか?」と考えるのはもはや「想起された夢」に堕してしまっている証左、其処には多分「若者」という言語が隠されているに過ぎないのです。襖は「開ける」ものではなく「倒れる」ものであり、短刀は人を「刺す」ものであると同時に「光を抛つ」ものであり、またそれを手にする者の顔を「映す」ものである、等々。

 吉田喜重が松竹時代に撮った『甘い夜の果て』という作品、競輪場跡地を猛スピードのオートバイで果てなく周回する津川雅彦のイメージが実に印象的なのですが、私のように中途半端に「映画(=物語)」に慣れた人間はその(物語的に)何度も反復される周回の場面を観ながら「果たしていつクラッシュするのか」と、そんなことをどうしても考えてしまうのですが、しかし、そんな「期待」は見事に裏切られてしまいます。私はこれを吉田喜重の「反=物語性」を象徴する場面の一つだと考えています。其処に如何に反=道徳的、反=倫理的主体を置いたところで、「死」に収束するそれは所詮は在り来たりな「物語」に過ぎません。「死刑制度」に代表される「死」こそが最大の「罰」であるという発想は、仮に現実の世の中に於いてはそうであっても、しかし、物語に於いては、収まりの良い一つの「パターン」に過ぎなくて、言い方をすれば、物語を収斂する「死」は、その主体にとって最も「安らげる場所」なのかも知れません。その意味に於いて、それと同時期に(「松竹ヌーベルバーグ」と呼ばれて一括りにされていたうちの一人である)大島渚によって撮られた『青春残酷物語』などは少しも「反=物語的」ではなくて、精々「反=松竹的」とでも評すべき程度のもの、否、あくまでも「その意味に於いて」です。これは私に限った印象の話に過ぎないのかも知れませんが、吉田喜重のこの時期の作品は、90分程度のものでも案外長く感じられてしまうところがあって、それは勿論「内容がつまらない」というようなことではなくて、『甘い夜の果て』がそうであるように、通俗な物語に慣れた(通俗な)人間が「期待」するところでは決して映画(物語)が終わってくれないから、ひたすらに結末が留保され続けているような印象を持ってしまうのです。おかしな言草かも知れませんが、そんな印象に私はまさに吉田喜重の「反=物語」を実感していると、逆に、3時間近い長尺である『エロス+虐殺』を(私が)少しも長く感じなかったのは、それが端から「物語映画」ではない(「物語的」な結末を端から期待させない)ことに加えて、むしろ「物語的」に終わるべきところで終わっているからなのかも知れません(重いドアを閉じてスクリーンを暗闇が支配するというのが『エロス+虐殺』のラストです)。考えようによっては、其処に明確な「物語」を欠いた映画であるからこそ、その「果てしなさ」に「けりをつける」ためにも「物語的な力」が要請されたとも、目覚まし時計の音で「夢から醒める」ようなものでしょうか。

 或る時期までの吉田喜重の作品群は松竹時代に始まる「現実(物語)」から、この『エロス+虐殺』を頂点とする「夢(反=物語)」へと至る緩やかな道程と言えるのかも知れません。「見ること(=距離を置くこと)」への否定的な態度は『エロス+虐殺』の一本前に撮られた『さらば夏の光』にも顕われています。それは欧州各国の風光明媚な景色をバックに(非=人間的な)シネマスコープのフレームに「配置」され、所謂「演劇的」な演技を抛棄する或る男女が「メロドラマ的」に出逢い別れるという映画、其処に試みられた、あるいは「無機質」とも評されるのかも知れない演出は、「見えないもの=人間の内面」をスクリーンに切り取るという物語映画では当たり前の「詐術」を予め拒絶しています。否、それだけなら然して驚くべきことでもないのですが、この映画の「恐ろしさ」は欧州の美しい景色をスクリーンに収めつつも、その男女にとって最も重要な場所が、実は一度もスクリーンに捉えられていない別の場所(長崎)であるということ、それが解るのは映画の最後の方なのですが、それが解った瞬間、風景は「風景」に堕し映像は「映像」に堕してしまうとでも言うか、観る者は其処に「物語」を体験していないどころか、実は何も「見ていない」ことを知ってしまうのです。「見えないもの」は抛棄され「見ているはずのもの」は何の意味もなさない、此処に最も重要なその場所を体験するには、観る者はもはや「観る者」であることを止めて、彼らと共にその場所を「生きる」より他にないのです。確かに、「長崎」という地名に『鏡の女たち』にも通底する何かが周到に隠されていることが容易に知れるとは言え、しかし、差し当たり「メロドラマ的」でさえあるこの映画に、言語に還元し得るどれほどの「意味」や「メッセージ」が込められているとも思えないことをすれば、それを「夢」として体験することが「手段」に堕している『エロス+虐殺』などよりも、この『さらば夏の光』の方が余程「夢」に近い映画と言えるのかも知れません。尚、吉田喜重は73年に『戒厳令』を撮った後、13年間のブランクを経て、今度は『人間の約束』という圧倒的に素晴らしい「物語映画」を撮るのですが、その事実は、吉田喜重の「反=物語」が「物語」に対する確かな素地素養に裏付けられたものであることを証明しているとも言えるのでしょう(「松竹の助監督時代が云々」のような言説は他の誰かに任せるとして)。

 さて、別に話を纏める必要もないのですが、最後に話を『エロス+虐殺』に戻しておけば、と書きつつも話を一旦『鏡の女たち』に飛ばすのですが、今回その上映に先駆けて行われたトークショーの中で蓮實重彦が「××年の映画などない、上映されるすべての映画は『現在の映画』である」のようなことを彼の「スタンス」として語っていて、それは私も全く同感、従って、1969年に撮られた『エロス+虐殺』もやはりあくまでも「現在の映画」として体験したわけなのですが、そんなふうに或る意味「時間」を無効にしてしまう試みは、『エロス+虐殺』に併置された二つの時代に於いてもまた有効であると言うか、それらの唐突なカットバックはまさに其処に横臥しているはずの「時間」を無効にする試みと言えるのでしょう。ただ、そう思うのと同時、現実に其処にある(あった)46年という年月、あるいは、この映画が撮られた1969年と吉田喜重の特集上映会が催され、私がこれを観た2004年の間に横臥する35年という重い重い「時間」に対して決して無自覚でなどいられないところもまた、重さの自覚だけはあるその「時間」に一体何の意味があるのかなど私には分かりもしないのですが。

 日曜日の午後、ポレポレ東中野で開催された吉田喜重監督作品の特集上映会で上映されたうちの一本として、このときに限らず、この特集上映は常に満席に近いくらい賑わっていました。上映期間中、吉田監督と一緒に頻繁に会場を訪れていた岡田茉莉子はその状況に感激してことあるごとに目に涙を浮かべていました。「さすが『女優』だな」と、私はそんなことしか思いませんでしたが。この特集上映で私が観たのは下記の13作品(製作年度順)です。ドキュメンタリー作品も含めて10本近くを観逃してしまったことを切に悔やんでいます。尚、『鏡の女たち』に関してはこの文章とは別にまた何かを書くつもりでいます。

『血は渇いてる』『甘い夜の果て』『秋津温泉』『水で書かれた物語』『女のみづうみ』『情炎』『樹氷のよろめき』『さらば夏の光』『エロス+虐殺』『告白的女優論』『人間の約束』『夢のシネマ』(メキュメンタリー)『鏡の女たち』


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